ある日、突然「障害者」になる――高次脳機能障害・家族の現実と障害年金、支援法成立の意味

ある日突然、事故や病気で脳を損傷し、
それまで当たり前にできていたことが、できなくなる。

記憶が抜ける。
話の流れについていけない。
会話のテンポが合わない。
気持ちの切り替えがうまくいかず、怒りっぽくなる。

外見からは分かりにくい。
けれど、確実に「以前と同じではない」。

高次脳機能障害は、そんな変化をもたらします。


■見えないからこそ、誤解されやすい

高次脳機能障害では、
記憶・注意・判断・感情のコントロールなど、
日常生活を支える脳の働きに障害が生じます。

身体に麻痺がある人もいますし、
見た目は元気そうに見える人もいます。

そのため、
「普通に話せているように見える」
「努力すればできるのではないか」
と受け取られてしまう場面があります。

実際には、
困りごとを整理して説明すること自体が難しい状態であることも多く、
周囲との認識にズレが生じやすい障害です。


■「どこにも馴染めない」居場所の問題

高次脳機能障害のある人は、
介護サービスや障害福祉サービスを利用することがあります。

介護が必要だと判断されているからこそ、
制度上はサービス利用が可能です。

ただ、現場では別の難しさがあります。

介護の場では、
年齢が若く、身体機能が比較的保たれているケースもあり、
高齢者中心の集団の中で「属性が違う存在」になりやすい。

一方で、障害福祉の場でも、
精神障害や知的障害のある人が多い中で、
高次脳機能障害特有の
「記憶」「注意」「段取り」「感情の揺れ」といった特性が
うまく噛み合わないことがあります。

はっきり言葉にできないけれど、
雰囲気が合わない。
やり取りのリズムが合わない。

本人だけでなく、
家族もまた、他の利用者との関係や場の空気を見ながら、
その違和感を感じ取ってしまうことがあります。


■家族が担う役割の重さ

高次脳機能障害では、
家族の役割が非常に大きくなります。

通院やリハビリへの付き添い。
周囲への説明。
本人の性格変化を受け止めること。

忘れる。
怒りっぽくなる。
約束を守れなくなる。

それを「本人の意思や性格の問題ではない」と理解していても、
受け止め続けることは簡単ではありません。


■本人が「うまく言葉にできない」ことがある

この障害の特徴の一つは、
本人が感じている困難を
言葉にして伝えることが難しくなることです。

それは、言葉が出ないという意味だけではありません。

自分の症状を正確に把握できない
「病識の欠如」が関係することもあります
(すべての人に当てはまるわけではありません)。

そのため、
何に困っているのかを本人が説明できず、
家族が代わりに状況を伝える役割を担う場面が多くなります。


■支援法が成立した意味

2025年12月、
高次脳機能障害者への支援を明記した法律が成立し、
2026年4月に施行されることが決まりました。

この法律は、
高次脳機能障害についての理解を社会に広げ、
相談体制や支援の仕組みを
国や自治体の責務として位置づけるものです。

▶ 読売新聞(ヨミドクター)

記憶障害など「高次脳機能障害者」、支援法が成立し来年4月施行へ…推計患者23万人 | ヨミドクター(読売新聞) 事故や病気で脳を損傷し、記憶障害などが表れる高次脳機能障害者に対する支援法は16日、参院本会議で全会一致により可決、成立www.yomiuri.co.jp

すぐに生活が大きく変わるわけではありません。
それでも、「支援が必要な障害である」と
国が明確に示した意義は小さくありません。


■障害年金という支え(支給調整の注意点)

高次脳機能障害は、
日常生活や社会生活への影響が認められれば、
障害年金の対象になります。

申請では、
診断名そのものよりも、
生活上の制限や支障の内容が重視されます。

本人の申告だけでなく、
家族や支援者の視点が重要になる場面もあります。

また、事故など第三者行為が関係している場合や、
保険金・補償給付を受けている場合には、
制度ごとに支給調整が行われることがあります。

障害年金が支給されないわけではなく、
調整が行われる可能性がある、という位置づけです。


■働くことをめぐる現実

障害者雇用という道もあります。

業務内容や環境を調整し、
支援を受けながら働き続けている人もいます。

一方で、
高次脳機能障害の特性が十分に理解されないまま働くことで、
本人が疲弊し、
職場側も対応に戸惑ってしまうケースがあります。

「できること」と「できないこと」の波が大きい障害だからこそ、
丁寧な理解と調整が欠かせません。


■最後に

この法律は、ゴールではありません。

けれど、
これまで家族が抱え続けてきた負担を
「社会の課題」として位置づけたことは、確かな一歩です。

高次脳機能障害は、
本人だけの問題ではありません。

ある日、突然「障害者」になる。
その現実を、
家族もまた一緒に生きているのです。

※本記事は、当事務所のnote掲載記事と同内容です。

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